東京地方裁判所 昭和52年(ワ)597号 判決 1979年3月12日
原告
日本農林工業株式会社
右代表者
林敏彦
右訴訟代理人
早瀬川武
被告
長谷川香料株式会社
右代表者
長谷川正三
右訴訟代理人
佐々木元雄
外二名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一<省略>
二次に、原告主張の不法行為の成否について検討する。
<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。
本件乳糖は、もと綜合通商の所有するところであつたが、綜合通商は、昭和五一年六月頃、ジエサア貿易株式会社に本件乳糖を含む約一一トンの乳糖を売り渡し、同会社は、右乳糖のうち本件乳糖をチサト商会こと山田実に売り渡し、原告は、その頃、山田実から本件乳糖を買い受けて所有するに至つた。ところで、三浦正は、当時原告の従業員であつたが、その頃、ジエサア貿易株式会社に対し、本件乳糖を原告名義で被告に配送すべき旨の依頼をし、そこで、ジエサア貿易株式会社は、当時本件乳糖を保管していた綜合通商に対し、本件乳糖を原告名義で被告に配送すべき旨の依頼をなし、綜合通商は、同月二三日、右依頼により本件乳糖を丸満運輸株式会社に依頼して被告の深谷事業所に配送し、被告の職員島田は、本件乳糖を被告が買い入れたものと誤信してこれを受取り同事業所倉庫に保管した(但し、被告が本件乳糖を受領したことは当事者間に争いがない。)。なお、被告は、これまで原告と一度も取引をしたことがなく、原告の存在すら知らなかつた。被告は、同年七月六日、本件乳糖が注文外の誤配物であることに気付き、二、三日間荷送主からの連絡を待つたが、何らの連絡もなかつた。そこで、被告の資材部長服部は、同部の従業員新井をして電話帳で納品書に記載されていた原告の電話番号を調査させ、原告代表者に電話で本件乳糖が被告宛誤配されている旨伝えさせたところ、原告代表者は、直ちに処置する旨答えた。ところが、前記三浦正は、同月一四、五日頃、被告を訪ね、右新井に対し、原告から本件乳糖を買い受けたので引渡して欲しい旨要求したが、新井は、原告の従業員と一緒でなければ引渡すことができない旨答えた。なお、その際、三浦は、原告の従業員であるということを秘しており、株式会社カワコシの従業員であると名乗つていた。そこで、三浦は、同月一六、七日頃、石井寛なる人物を原告代表者に仕立て上げ同人を同行して被告を訪ね、前記服部照夫に対し、原告の記名と角印の押捺された本件乳糖を株式会社カワコシに販売したので同会社に本件乳糖を渡して貰いたい旨記載された書面を示し、本件乳糖の引渡を要求したので、服部は、三浦の言を信じ、同人に対し早急に本件乳糖を引取るべきことを要求した。ところが、その後三浦からは何の連絡もなかつたので、服部は、同年七月二四、五日頃、原告に電話したところ、林なる人物が出たので、同人に対し、これまでの経緯を説明したところ、同人の返答から三浦が伴なつてきた原告代表者なる人物が偽者ではないかとの疑問を抱き、そこで、右林なる人物に早急に本件乳糖を引取るべきことを要求した。ところが、三浦は、同月二七、八日頃、被告を訪ね、服部に対し、本件乳糖の引渡を要求したが、服部は、受領証を持つてこなければ引渡すことができない旨答えて、右要求を拒否した。ところが、綜合通商代表取締役森井武政は、同年八月一六日頃、被告を訪ね、服部に対し、同会社が原告、チサト商会、ジエサア貿易株式会社を通じて被告に本件乳糖を納入するよう指示を受けたので、原告名義の納品書を作成して被告に本件乳糖を納入したのであるが、ジエサア貿易株式会社が倒産し、そこで同会社との間で綜合通商が本件乳糖を引取ることについての承諾を得ているので、引渡して貰いたい旨の申出をなした。そこで、服部は、同日、原告宛電話をして右の点の確認をしようとしたのであるが、あいにく原告代表者が不在で確認をすることができず、そこで、電話口に出た者に必らず自己宛電話をして貰いたい旨伝えておいたが、その後原告からは何の連絡もなかつた。そして、右森井は、翌日再度被告を訪ね、服部に対し、被告の職員である前記島田が本件乳糖を受領したことを証する同人のサインのある納品書と前記丸満運輸株式会社が本件乳糖を配送したことを証する同会社の運転日報を示し、さらに、服部を安心させるため、今回の件に関して被告は全く関係がないので自己と原告とが話をする旨の念書を差出したので、服部は、原告から何の連絡もないので原告と綜合通商との間で本件乳糖の措置について既に話し合いが成立しているものと判断し、森井に対し、本件乳糖を引渡すことを承諾した。そして、被告は、翌一八日、綜合通商に対し、前記島田のサインのある納品書、荷渡指図書と引換えに本件乳糖を引渡した(但し、被告が同月一八日綜合通商に本件乳糖を引渡したことは当事者間に争いがない。)。
以上の認定を左右するに足りる証拠はない。右認定事実によると、本件乳糖は、もと綜合通商の所有であつたが、原告は、ジエサア貿易株式会社、チサト商会こと山田実を通じこれを買い受けて所有するに至つたものということができる。ところが、被告は、誤配により本件乳糖を保管するに至つたのであるが、このような場合、被告は、民法六九七条の規定に従い、原告の利益に適すべき方法でその管理をなすべき債務を負うに至つたものということができる。しかし、被告は、これまで原告と全く取引をしたことがなく、原告の存在すら知らなかつたのである。そして、被告が原告に対し本件乳糖が誤配されているのでその引取方を要求しても、原告は、単に処置するとのみ答えただけで、積極的に被告に本件乳糖の管理方法等について指図を与えることを全くせず、いわば本件乳糖を放置しているような無責任な態度に終始していたものということができる。このような状況下で、三浦正なる人物が偽者の原告代表者を伴ない被告から本件乳糖を詐取せんとして失敗したり、綜合通商の代表取締役森井が本件乳糖の引渡を受けるについて正当な権限を有するかの如き受領証等を示す言動をしてその引渡を要求したりしたのであつて、被告としては、本件乳糖の真の引渡先についての判断に迷うのは当然であつて、森井の右の如き言動および原告の前記認定の対応から綜合通商が本件乳糖の引渡を受けるについて正当な権限を有するものと判断し、その引渡をなしたことには通常なすべき注意義務を一応尽したものというべきである。
以上要するに、被告には本件乳糖を綜合通商に引渡したことにつき故意、過失があつたことを認めるに足りる証拠がないということができる。
従つて、この点に関する原告の主張は理由がない。<以下、省略>
(林豊)